プロフィール | 儲かるお弁当屋さん開業

プロフィール

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始めまして!なおと申します。
私の事を知らない人ばかりだと思いますので、まずは自己紹介していきます。ちなみに、この上の画像は、だいぶ寄せて作った私です(笑)

弁当屋を受け継ぐと決めた日

私は、1978年生まれの、41歳。

東海地方の弁当屋の長男として生まれました。

 

小さい頃は、弁当屋の父親が好きではありませんでした。

というのも、小さい頃は父親と一緒に遊んだ記憶がないんですよね。

弁当屋の仕事が忙しすぎて私と遊んでいる暇なんてなかったんです。

弁当屋は朝が早く、3時には出勤。そして、家に帰ってきてすぐに寝てしまう。

父親と触れ合う機会は本当に少なかったと思います。

だから、自然と父親は相手をしてくれない存在という位置になっていきました。

そうなると、子供なんて「好きじゃない」って決めつけてしまうんですよね。

 

しかし、子供なんて勝手ですよね。

父親は必死に働いているのに。

うちの父親もあまりしゃべらないタイプの人間ですので、理解されにくいところがあって、今にして思えばちゃんと話を聞いてればその頃から理解できたと思います。

そんなある日、初代弁当屋社長のお爺ちゃんが他界。

葬儀の時に、親戚一同が集まり、「次に弁当屋を継ぐ人間は誰だ?」って話になったんです。

その時まで、私は弁当屋のことなんて、ほとんど関与してこなかったので、弁当屋の業務内容さえ知りませんでした。

親戚一同は好き勝手なことを言ってます。いとこのあいつにやらせばいいとか、○○ちゃんの旦那がやればいいとか。もう他人事。

そんな状況を見て、父親は「次はお前だ」って。一言私に言いました。

その時に始めて、「あっ!俺なんだ」って。

弁当屋を継ぐ自覚した日でしたね。

それでもやりたくなかった弁当屋

実は、私にはやりたい職業があった。

それは、警察官。

お堅い仕事をして、生きていきたい。

そう考えるようになっていたのは、20歳の頃だったと思います。

 

警察官をするか、弁当屋をやるか・・・。

心の中には、弁当屋をやる自覚はある状態なんです。

けど、なぜか抵抗をする私。

 

きっと、怖かったんだと思います。

自分で商売をするという楽しさより、商売をする危険性の方が勝っていたんです。

それもそうですよね。経験したことがない領域でしたので、逃げたくもなりますし、なにせ、私は公務員になりたい人間。

お堅い橋しかわたりたくない。

 

しかし、やはり弁当屋になるという自覚からは逃げられなく、まず、商売の基本を知る為に、商社に入社。

商売の勉強を始めました。

そして、レストランのコック見習い。ホテルのコック見習いを経て弁当屋に入社。

弁当屋のなおが誕生したわけです。

いきなり厨房の社員が辞める

入社して、3日目。

事件が発生しました。

私はこの事件を「いきなり辞職事件」と呼んでます。(私だけ)

それは、厨房の核になるスタッフが2人同時に辞職するという事件です。

厨房はてんてこ舞いです。

私も、やったことがない弁当屋の厨房を手伝います。

その時は何とかしのいだのですが、大変な思いをしました。

 

それにしても、気になるのが一気にやめた厨房のスタッフの事です。

なぜ、私が入社していきなり辞職するんだ?って悩んだものです。

結局、理由は分かりませんでしたが、きっと私と仕事をするのが嫌だったんでしょう。

3代目の若造に偉そうなことを言われたくなかったんです、きっと(想像)。

もちろん、私はそんな気はさらさらなかったんですが、その時は、精神的にもショックは大きかったですね。

今でも、従業員を大事にする精神は、「いきなり辞職事件」から始まっていると私は感じます。

このサイトと私

そんなピンチをいくつも乗り越えながら、15年弁当屋をやる事ができました。

ピンチを超えると、その後には「ピンチを乗り越えた知恵」がつきます。

それらの知恵は、未だに使えるものばかりです。

 

 

弁当屋に育ててもらったので、この知識を少しでも世の中の人の助けになるならと想い、このサイトを立ち上げました。

少しひねくれた物の見方もしていますが、きっと参考にはなると思います。

是非、弁当業界を盛り上げる為に使ってください。

お問い合わせより、質問受付!

コチラの問い合わせから、どしどし、質問をしてください。

その度に、私が知っている事をどんどん記事にしていきます。

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